なぜSNSはメンタルヘルスに悪いのか? SNSで傷つき、不登校になった女の子の治療(創作ケーススタディ)
365 segments
SNSによる
干渉僕らは常に受けているからですね
[音楽]
はいおはようございます笹山メンタル
クリニックの位置を増すとゆうすけです
本日はSNSはなぜメンタルに悪いのかと
いうテーマでお話しようと思います
毎週土曜日はですね現代社会
に関わることなんか現代社会ががこういう
社会であるがゆえにこういう精神疾患が
生まれてますよっていう話を中心にお話し
しようと思ってるんですけれども今回は
SNSを取り上げようかなと思います
そしてまあ実際にどんな患者さんがいるの
かっていうことを
具体的にですね
イメージしやすいようにSNSをきっかけ
に不登校になってしまった
女の子これまあケーススタディという形で
創作ですけれどもの話をしようかなと思い
ます
でまずですねなぜSNSはこう
精神に悪いのかってことを言うとですね
これは
フランスのですねまあ偉い哲学者フーコ
ミシェルフーコって人がいるんですけれど
もフーコの理論を借りてくるとですね割と
説明がつきやすいかなと思います
つまりですね
SNSによる
干渉僕らは常に受けているからですね
SNSによって評価されるだからいいねと
つけられたりとか
炎上させられるとかね
匿名的な人にまあ常に見られてるような
感覚に僕らは
何ていうのかな支配されているからまあ
良くないんですよ簡単に言えばねでそれは
じゃあSNS見なければいいじゃないかと
か実際監視されてるわけではないでしょう
とか
匿名でやっていれば
あの
匿名でやってるんだから本当に監視され
てるわけじゃないよねって思うかもしれ
ないけれどもそんなにね単純な話じゃなく
て
我々は無意識か無意識ですよ無意識な状態
で支配されているし
抑圧されてるんだってことをまあ風向と
いう哲学者は言っていますね
これは風子はねあのSNSを
題材にしたわけじゃなくて社会っていうの
はそういうもんだっていうことを言ったん
ですけどもそのフーコーの理論はですね
今日のSNSにも応用可能かなと思って
ですねここで僕取り上げました
まあちょっと難しい理屈ですけどまあでも
わかりますよねなんとなくねこれこんな
ことやったらね後で
炎上させられるかなとかこれこういう風に
ね
酔っ払ってさ
酔っ払ってさ言ってあれだけど酔っ払って
こう駅のね
なんかどこで
ゲーって入っちゃったらなんかこれ動画
撮られてSNSで拡散されるんじゃないか
なとか思っちゃいますよね
昔はね
昔って言うともう時効だから言いますけど
僕がねあの本当に20年ぐらい前は
あのそんなことなくてお酒飲んでうえーっ
て入って道端で吐いちゃうとかねあの飲み
過ぎて
潰れちゃうとか
なんかそこら辺寝ちゃうとか
ありましたねなんかね大学生の時ねだけど
あの今はねやっぱりそれやってる人もいる
けれどもどこかね
常にこう
されで取られるんじゃないかそしてそれが
拡散されるんじゃないかっていう
感覚っていうのはあるのかなと思います
そして別にそれそんなもの気にするかって
いうまあ強い心というかある意味はあの
反社会的な勢いっていうのがまあ10代の
心にはあるんだけれども
まあそういう人はね一部というかねあった
としてもごく一部という感じですよねだ
から僕らは常にこういう風にさらされて
いるそれは
皆さんも同意できるんじゃないかなと思い
ますただあのそもそもじゃあそれって悪い
ものなのっていう風に思いますよねだから
そういう風に
監視されている無意識に監視されている
ことで
治安って良くなってんじゃないのとか
そんな酔っ払ってゲロ吐く大学生なんか
減ってほしいよって皆さん思うわけでまあ
確かにその通りであの悪い完全に悪いもの
ではないですねだからこういう風に
監視をされている無意識的に監視されてる
誰かに見られてるんじゃないか自分は
正しくやらなきゃいけないんじゃないか
倫理的道徳的にやらなきゃいけないんじゃ
ないかっていうのは
精神分析の世界ではですね長時間と呼ば
れるものなんですよでちょっとねまた
難しい話しますけどちょっと
頑張ってついてきてください人間の心って
いうのは
帳尻がリビドを自我この3つの3すくみで
の状態で
バランスを保っているんじゃないかって
考えたのがですね19世紀から20世紀に
の
精神分析家であるフロイトの考えなんです
ねで長時間っていうのは何かっていうと
いわゆる常識だったり親の教えだったり
倫理観や道徳と呼ばれるものですだから
そういうものにがあるから僕らは
何て言うのかなやらないようにしている
そしてリビドーというのは本能的なもの
ですね食べたい寝たいなんかこうね誰か
から
承認されたいモテたい
欲しいとかそういう本能ですねだから本能
がなき本能みたいなドライブがありつつだ
けどこういう抑制をかけてくる長時間と
いう常識的なものが
あっているここの対立構造にこのバランス
を保つのが自我なんじゃないかと
理性なんじゃないかみたいなことを
フロイトは簡単
ざっくり言うとですねそういうこと言った
わけですね
だからこのね長時間がもしなければですね
本能のままやってしまうのでもう7肉林7
に行くになればいいですけど単純にこう
争いが絶えない動物的な社会になって
しまいますね
絶えなくなっちゃい
ますなのでこれがこれが全くないっていう
のはよくないんですよねだからここの
バランスの問題なんだということですね
ただこうもうちょっとですね
精神分析の
フロイト以降のね進んでいくとですねこの
長時間にもいいものと悪い物っていうのが
あるんじゃないかみたいなことをだんだん
ですね見つかってくるんですよねだから
道徳的で正しい長時間優しい弔辞がある種
正しい
弔辞がと悪い長寿があるんじゃないかと
いうことですよね
なんかすごくどう
メキシコが強いというかなんか攻撃的で
救いがない感じまさにSNSの炎上とか
そうですよねなんかなんかたかがそれ
ぐらいのことでみたいなところでまあ
燃え上がってしまってもうその人の息の根
を絶やすね止めるかのようなもう社会復帰
できないところまで
追い込むわけですよだから不倫って悪いっ
て悪いことだと僕も思いますけどでも不倫
をしたことでもう
息の根を止めるぐらいこう社会的な制裁が
あるっていうのはややりすぎなんじゃない
のそしてそれは
アリスやりすぎという意味では悪い弔辞が
だったりするし
なんていうのかなまあ差別的だったりも
するということですねだからまあざっくり
イメージつきますよねなんかこのざっくり
とした説明でもまああの良い長寿化と悪い
弔辞画はもちろんあるんじゃないかという
ことですよねそしてSNSっていうのは
近いものを近づけるっていう効果があり
ますよねだから自分のメンタルが弱い時と
か自分が未熟な時っていうのは
未熟な人たちが集まってくる匿名的なもの
でも
未熟なもの
弱い人たちが集まりやすくそして
それらは往々にして悪い長寿川として機能
しやすいですよねたかがそれぐらいのこと
でっていうことで
起こったりとかする
もしくは
何だろうなぁ
ここには起こらないのとか社会的な義憤に
は起こらないとかね
あったりするのかなと思いますねすごく
自己中心的な道徳
論を掲げている可能性もすごくありますよ
ね
こういう話ですね
あのだからそのなんていうのは適切に使え
ばですねやっぱりいいツールだと思います
ねいろんな人と繋がれるしいろんな意見が
見れるしあのと思いますだから僕大学に
行かないと聞けなかった話がSNSを使え
ば聞ける大学の教授から飲み会だから聞け
た話がSNSでは聞けるとか
社長のとねゴルフに行かないと聞けなかっ
た話っていうのがSNSを通じて知れると
か経営理論とかね
それはあの昔は
昭和の時代であればですねカバン持ち
みたいなことをしなければ聞けなかった
ものがSNSの世界では知れるって事なの
でそれはいい
活用法をすればそうなんだけれどもただ
そういう活用じゃないものもあるよという
ことですよね
であのじゃあ実際の臨床の話をしようかな
と思いますけれどこれ
創作の
創作したケースですけど
イメージしやすいので書きます例えば16
歳の女の子で
不登校の子ですねだからまあSNSを
きっかけになんか
潰れてしまった落ち込んでしまったみたい
な形ですね
で不登校になってしまっただからこう
SNSで何か悪口を見てしまってなんか
自分ってダメなのかなっていう思いに駆ら
れてしまったで不登校になってしまったで
同世代の子たちとはコミュニケーション
取るのが苦手で
ゲームの世界でオンライン中で
コミュニケーションを取っているとでオン
ラインの中では
互いに不登校の子たちが集まってゲームを
してるんだけれど自分たちはクズだとか
自分たちはダメなんだとか働かない奴は
ダメなんだとかあとはその中でもいじめが
起きたりするんですよね
でなんか落ち着かないだから
安心できる場所っていうのはゲームの中で
は本音を語れないしここでも
でアニメのキャラクターとか二次元の
キャラクターに対する推し活っていうこと
をしているそれが
推し活している時になんか心がリラックス
できるそしてそこにお金を使うことで
なんかコミュニケーション取るだから
グッズを買うっていうことで
物質的なコミュニケーションを取ることで
何か自分の心を保ってるだけど
将来のことの不安とか
モデルがないような状況に陥ってるという
感じですよねでSNSで知る情報っていう
のは
なんだかネガティブなものだったり
寛容性がなかったりしているということ
ですねで
こういう人がまあ通院した時にはですね
そもそも最初はですねまあどんな状況かと
いうと社会科の拒否が起きてるんですね
引き込む社会になじむということをすごく
拒否するで
まあ僕ら働いてるっていう事はある意味
社畜になっていくってことなんですよねだ
からサラリーマンを社畜だし僕は僕で
なんていうのかな厚労省の
ルールに従っている自分の意思でやれてる
子なんかほとんどないんですよ
臨床だってねガイドライン通りやんなきゃ
いけないし
厚労省の決めたルールに従ってるし
YouTubeだって好きなこと喋ってる
わけではないですよね再生回数とか気にし
ながらやってるからまあある意味奴隷な
わけです僕も
社畜でそういう社畜になっていくことを
すごく拒否するしこれはもう悪いことなん
だし
なんかそんなのみじめじゃないかって形で
すごく拒否してるんですよね
じゃあじゃあ社畜にならないなら将来どう
したいのって言ったなんかこう
ミュージシャンとかサッカーとかなんか
こうあたかもこうなんていうのかな自分の
力でだけで生きていけるようなものそして
推し活のように押される存在になるような
ものを選ぶんだけれども自分にはそれを
なれる力がないんじゃないかとか思ってる
それはそうだよねそんな慣れる人なんて
もう
才能があるごく一部才能と運があるごく
一部の人たちだしそれは
永遠に続く
才能や運が永遠にすることはないから
ある年齢起きたらね
潰れちゃう人たちもまあSNSを通じて
知ってるわけですよあの売れっ子だった人
が40代の時にどうなってるのかとか知っ
ちゃっていてじゃあ生きてる意味ないん
じゃないか希望はないんじゃないかとか
思ってたりしますね
で
結局ですね
社畜になるっていうのは全部悪いことだと
思っている良いと悪いの区別がないんです
よねだから別に会社員になるって事が本当
に自分の人権を損なってるかとかね
そういうわけじゃないしブラック企業で
働くなんて終わってるとか言うかもしれ
ないけど実際ブラック企業が働いてる人
たちがいるわけだしブラック企業であり
ながらも志があったりね社長は何とか
しようとしてる時だってある
過渡期である可能性はあるわけですよねで
もそういう区別がつかないんですよねまだ
幼いし知識も経験もないからで
結局良いと悪いの区別がない状況ででも
情報だけは多いから悪化両価を駆逐する
みたいな形ですごくネガティブな感じで
支配されちゃっているということですね
じゃあ実際こういう通院ってどうやって
治療していくのかっていうと結構時間
かかりますね知識と
経験を
積んでいかなきゃいけないのでそれは5
年間とかですね5年以上通院したりとかし
ながら少しずつこう主治医ですね主治医を
取り込んでいく
治療者を取り込んでったり家族との会話の
中でこう取り込んでいったりSNS以外の
情報を少しずつためて溜め込んでいって
行くでいろんなことを知りながら自分のい
たSNSの集団ではなく別のSNSの集団
のことを知っていくとだんだんですねまあ
変わっていく部分もあるのかなと思います
ねで
まあそういう治療になりますね
だからなんかこう難しいですよねこの
SNSっていうのは全てを見えてしまうし
すごく
劣等感を刺激しますよね
劣等感を刺激させることで何かを買わ
せようとかしたりするような
装置でもあるのでこの距離の取り方って
結構難しいしで僕ら大人っていうのは
年を取ってからSNSを使うようになった
のである意味このSNSによる監視の作用
っていうのは弱いんですよねでも
昔からある昔から身近にSNSがある子供
達っていうのはここのこのSNSによる
監視っていうものをかなり取り込んでいて
とても苦しい思いをしているのだろうなと
思いますねうん
はいということで今回はSNSはなぜ
メンタルヘルスに悪いのかというテーマで
臨床モデルケースとか創作のケースです
けどを交えてお話しましたはい以上でこの
動画ありますもしこの動画見て良いと思っ
てくれた方はグッドボタンをチャンネル
登録とシェアの方よろしくお願いしますで
はまた
[音楽]
Ask follow-up questions or revisit key timestamps.
この動画では、笹山メンタルクリニックの院長が、SNSがメンタルヘルスに悪影響を与える理由について解説します。特に、ミシェル・フーコの理論を引用し、SNSが私たちを常に「監視」し、無意識のうちに支配・抑圧していると説明します。SNSの「長時間(超自我)」が悪い方向に機能し、過度な批判や炎上を引き起こす一方で、適切に使えば有益な情報源にもなり得ると述べます。また、SNSをきっかけに不登校になった16歳の女の子の創作ケーススタディを紹介し、社会化の拒否、将来への不安、善悪の区別がつかない状況など、SNSが若者の心に与える具体的な影響と、その治療の難しさについても触れています。最後に、大人と異なり、幼い頃からSNSに囲まれて育った現代の子供たちが、SNSの監視作用に強く苦しんでいると警鐘を鳴らします。
Videos recently processed by our community